肌寒い春の一日。

20130410.jpg


もちろん制服は高2のお下がりだ。

袖のボタンが取れてたから
わざわざ制服屋で買って、
けど直し込んでしまったみたいでなくなって再度買って、

それも2ヶ月くらい前のことやねんけど
やっとこ昨日つけて・・

スチームアイロンでシワ取りしてやって、
スカート・ブラウス・ジャケット、
一つのハンガーにかけてセットしてやって、

けど今朝、
前ボタン一つが取れかかってることを発見。

miyanさんはもう疲れた・・
それくらい自分で付け替えろい・・。


やっぱり今朝もメールくれた親友。
「席取っとくからなー」。

いっつも申し訳ない、
さんきゅーだボス!!


急いでチャリで出たら、
先生の事務所スタッフの友達に踏み切り待ちの時に会って、
「私中学初めてやし付いて行きますー」。

とか言いながら、
彼女のチャリは電動機付きだ。

必死で後を付いて走ったのは
普通チャリのmiyanさんだw


式の開始を待ってる間、
高2の話をしてて、

「今日もなんかのコンサート行ってやんねんわ」
「A-B-C-Zな」

「また東京行きたいゆうてやってさ、
 なんかどっか取りたいゆうてたら
 たいがとしんたろうがバックに付かへんだの大騒ぎして
 やっぱ違うとこにするとか意味分からんねんけど」
「クリエはちっこいからチケット取れへんしな、
 たいが付かへんねんし演舞やったら確実やな」

小学校本部役員時代には全く興味もなかったはずやんに、
何故にボスまでがジャニオタに・・。

まるで通訳w


ボスが取ってくれた席が保護者席最前列で、
来賓のお偉方席とすぐ近くで、

うちとこの先生もいはるし・・
中学本部時代の会長(現顧問)もいはるし・・
知ってる顔いっぱいあるし・・

「ごめんなぁ・・
 居心地悪いなぁ・・」
「何をおっしゃるボス殿、
 ボスの方が居心地悪いでしょうに・・」

「あはは・・」
「あはは・・」。


新入生が吹部の演奏をバックに入場してきました。
うなぼんは3組。

クラス分け、
仲良しさんいっぱいでよかった!!

高2が中2の時のクラスが最悪やったらしくて、
ちょっと病んでた時期もあったし、
うなぼん大丈夫かなーって心配してたんよね。

けど彼氏君とは離れちゃったね、
残念ー。


静粛な式中、
在校生の皆さんも静粛だった。

何年か前はザワザワザワザワしてたけど、
今年もこの中学は落ち着いてるんかな。


式が終わって、
来賓のお偉方が退場しはる時、
顧問がmiyanさんたちに小声で「おめでと♪」ってゆうてくれて
嬉しかったー。


1年生はそれぞれの教室に初めて入って席に座る。
うなぼんはニコニコしてた。

保護者も教室に入って並んで見てたんだけど、
miyanさん、
現会長としゃべってたら
教室に入るタイミングを逃してしまって・・。

結局ずっと4組の仲良しさんのハハと
4組の前でずーっとしゃべってたとゆうw


新入生は写真を撮りに校庭に出て、
代わりに保護者が席に座って委員決め。

3組では現会長がいろいろ説明してはって、
懐かしなー思いながら聞いてて、

「免除されます本部役員経験者の方はおられますか??」

miyanさんは遠慮気味に手を挙げようとしたんやけど、
miyanさんの前年にやってた友達は
「はいはいはーい!!」って感じで手を挙げてて、
なんか皆さんスイマセン・・って思ってしまったw

1年生は校区ごとに分かれて決めるんやけど、
誰が仕切るの??みたいな雰囲気になって、

え??
みんなどうしてmiyanさんを見つめてるんですか・・

「○田さんお願いします!!」
「○田さんしか分かってるヒトいないですやん!!」

もう忘れたよ!!

とか言いながら、
現会長から名簿取り上げて・・
欠席してるヒトの確認して・・
校区なのに漏れてるヒトいないか確認してもらって・・
仲良しハハにクジの紙切るの手伝ってもらって・・
2枚の紙に当たりを書いて・・
仲良しハハが差し出してくれた袋に全部入れてガサガサ混ぜて・・
みんなの席回って引いてもらって・・。

グッタリ。

なんでこない疲れなあかんねん!!って
顧問に文句ゆうたろかって思ったけど、

小学校中学校、
こんなことは何度もあったとゆうことを思い出し、
あと2回だけ我慢したらええんやろとw


終わってチャリ取って帰ろうとしたら
校門のとこで1年生が撮影大会してて、

「かーちゃん!!
 写真撮って!!」
「おー」

バックに誰かのチャリ・・w


うなぼんと仲良しさんたちは帰りにそのまま小学校へ、
元担任に制服姿を見てもらいに。

帰ってきて
「フクナガ先生どないゆうてた??」って聞いたら

「制服かっこいい!!ゆうてもろて、
 コンタクトで更に美人さんになったやん!!って♪」

先生もそれぞれ褒め言葉考えなあかんし
大変やなw


昨晩のうなぼん、
緊張してたんかな、
22時くらいに布団に入ったのに、
「寝られへん寝られへん」って
結局0時くらいまでは起きてて、

けど今晩はグッスリ夢の中ですよ。


明日は昼までやけど、
いきなりテストがあるらしい。

明後日からは早々に部活動体験が始まって。

いままでは割と出番の少なかったうなぼんですが、
これからはいろいろネタにすることも多いかもです。

よろしくねー。



旅立ちの日に。

201303212_convert_20130321154619_20130321182411.jpg


お姉ちゃんの入学式の日、
とーってもちびっこだったこんヒト、
この体育館でお菓子をぶちまけて、
miyanさん、
ごっつ焦ったんだったな。


こんヒトの入学式。
ちょっと前に髪を切りすぎて
男の子みたいになっちゃった。

式後に撮った、
桜の木の下のクラス写真。

図体もデカければ体勢も悪かった。
番長みたいに写ってしまった。

幼心に傷ついたこんヒト。
それからその写真は封印になった。


miyanさんがPTA本部役員を引き受けたのは
こんヒトが2年の時。

学校でmiyanさんを見つけると、
どんなに遠くても
「かーちゃーん!!」って言いながら大きく手を振って、
嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。


3年4年くらい。
短い期間のちょっとした反抗期。

こっちはそんなつもり全くないのに、
「お姉ちゃんと比べんといて!!」が口癖だった。

それから「お姉ちゃんはこうやった」とゆう言葉は、
その内容がどんなものだとしても、
家でも実家でも禁句となった。


5年。
塾に通いだした。

お姉ちゃんの時は全く心配してなかった勉強の進み具合、
こんヒトはかなりヤバイぞと。

その夏休み、
入学してからずっと呼んで頂いてた
チャレンジ学習とゆう素敵な名前の補習に呼ばれなかった。

通知簿の算数も
ずっと「1」だったのが「3」に上がった。

「先生甘いんちゃうの」ゆうたら、
「ほんまやなー」ゆうて笑ってやった。


お姉ちゃんの影響か、
どんどんオシャレさんになった。

こんヒトの服の数は、
miyanさんよりもお姉ちゃんよりも断然多い。

朝は起きてから30分かけて髪のセット、
ごはんは5分で食べて出て行く。

服の吟味もハンパない。

彼氏ができたと報告があったのも5年の時。


それまでヒトの前に立つようなことは
一切しなかったこんヒト。

それが何故か
運動会の紅組チームリーダー、
6年生を送る会実行委員長になった。

「アンタまさかイジメられてるんちゃうよな??
 めんどくさいこと押し付けられてるんちゃうよな??」
って心配するmiyanさんをカカカと笑って、

「ちゃうよー、
 立候補したんやでー」。

立派に責務を果たしたこんヒトを見て、
成長ってこーゆうもんなんやなって思った。


個人懇談での先生のお話。

「ほんとにほんとに優しいお子さんなんです。
 何かに並んでる時は自分より前に友達を入れてあげる、
 グループ分けの時は友達が寂しくならないよう、
 自分がどこに入ればいいのかすごい悩まはるんです。
 無理してるんちゃうかなって時々思うんです」。

この話をしたらこんヒト、
やっぱカカカって笑いながら、

「全然無理とかしてへんしー、
 みんな仲いいのがええやんかー」。

こんヒトを知ってるハハにはずっと
「うなぼん見てたら癒されるねん」ってゆわれてた。

少しだけポッチャリな体型とか、
声とか雰囲気とか
そーゆう平和主義の性格とか。

だから
なのかな。

こないだのホワイトデー、
何個か男の子からもらったゆうてて、
その中の一枚のハンカチを嬉しそうに見せてくれて、
「これめっちゃかわいいやろー♪」とか何度もゆうてて、

「○○○からもろた??」って聞いたら
「うん♪」

○○○。
彼氏だよ。

同じ腹から出てきた姉妹でも性格は全く違う。

きっとこんヒトの方が
早くにいいヒトを見つけて幸せな結婚をして、
ほんわか幸せな家庭を作るんじゃないかと思う。


2ヶ月前くらいのことやったか、
「卒業式の歌決めるんやけどどんなんある??」って聞かれて、

「そつぎょーまーでのーはんとしーでー
 とか、
 そつぎょうしきだとゆうけれどー
 なーにをそつぎょうっするのだろー
 とかどうよ」

「・・うん・・ありがとう・・もうええわ・・」
とかゆわれたmiyanさんw

結局決まったのは
スピッツの「空も飛べるはず」。

それ藍染さんの歌やねんけど


担任の先生が毎日のように出してた学級通信の
「卒業まであと○日」。

60日が30日、
30日が10日、
10日が1日になって、

自分で選んだニッセンの卒業式の服もコーディネートOK、
ばーちゃんに買ってもらった靴も玄関にスタンバイ。

「寂しいわぁ・・
 明日やでぇ・・」

「そやけどみんな○中行くやんか」

「だって・・
 ええクラスやってんもんさぁ・・」。
 

その当日、
3月19日。

小6出動直前、
3cmくらいのヒールの靴を履いた小6と話すmiyanさん。
軽く背を抜かされていた。

式中、
小6の皆さんの合唱はとても素晴らしいものだった。

「君と出会った奇跡が
 この胸に溢れてる」

小6の皆さんにとっての「君」は友達なんだろうけど、
参列してるチチハハはみんな
我が子のことを思ってるんだろなと思ってた。

ほんま、
奇跡だと思うよ。


なんてことを考えて、
一筋だけ涙を流したmiyanさんやけど、
ふと我に帰って、

卒業式はもう飽きたー

なんて思い始めて冷めてしまった。

だってさ、
小学校中学校PTA本部さんのお仕事で、
2回ヒトの子の卒業式に出てるんだよ。

計5回出てるんだよ。

もうええわー。

それにさ、
さっきもゆうたけど、
ほぼみんな同じ中学に行くんだよ。

miyanさん、
「旅立ちの日に」は
もいっこの曲の方が泣かせるんだよ。

そっち歌ってくれたら号泣やったんに残念!!

いやはや
冷めた親でスマセンだよw

ただ、
miyanさんの心の中から○○小学校とゆう文字が
どんどん薄れて行くとゆうのは少し寂しい気もする。

出会ったたくさんの良きハハ友達、
青春だった本部役員の1年間。

けど、
忘れていかないと次のことが入ってこないもんね。

小6だって、
それでいいんだと思うよ。


式後の大写真撮影大会。

「アンタ○○○と二人で写真撮らへんのか??」
「そんなん無理やー!!」

5人で撮るんが精一杯やったみたいw

ま、
そこ頑張るんもええけど、

アンタ「遠いし」ゆうて塾辞めたんやしな、
分かっとるやろなw


ハハたちと「入学式で会おなー」ゆうて別れてきたけど、
4月のその日も晴れ晴れとしたお天気の中、

高1の思い出がたくさん詰まった
あの中学でのこんヒトを、
晴れ晴れとした気持ちで見れますように。




2011年10月12日。

1_20111013144910.jpg

2000年10月12日お昼前。

39週目の妊婦健診受診のため、
3歳女児と共に家を出て電車に乗り、

駅前のコンビニに寄って
お昼ごはんを買って、

3歳児と手を繋ぎ、
秋の道をニコニコのんびりと
実家へ向かいました。

孫が来るのを今か今かと待っていたおかんが
玄関先まで飛んできて、

「じゅり子たーん♪
 よー来たなぁ♪」

「オマケついてるん買ってもろたー♪」

「そーかそーか♪
 おなか空いたやろー、
 はよごはん食べやー♪」。

もうすぐ2人目が出てくるゆうんに、
どんだけこんヒトはじゅり子命やねん・・

ほほえましく見ながら、
さー、
私もごはん食べて行く準備せななぁ。

トイレに行きました。

「!?」。

出てきて、

「オシルシ来たみたいやわ」。
「へー。
 おなかは痛むんか??」
「全然!!」。
「ほなまだやろ」。
「まだやわー
 ほんなもんそない簡単に出てくるかいな」。
「そやなーハハハー」。

まぁ、
先生にゆうとかなあかんよなぁと、

「ほんなら行くわー
 じゅり子よろしくー」。
「ほーい」。


病院までは実家から徒歩20分くらい。

ゆっくりゆっくり歩いて、
健診の受付だけして、
裏手の百貨店に遊びに行く。

本屋行ったり、
子供服売場行ったり、
1人で行きたいところに行く。

子育て真っ最中の不自由な時期。

それが健診前のmiyanさんの楽しみだったのです。

(バンドは8ヶ月までやってたけどねw)

おしるしがあったことも覚えてはいたけど、
それ以外になんの異変もないし、
ほんとに「そない簡単に生まれるわけないし」と、
ゆらゆらーとウインドウショッピングを楽しんで、

病院戻って、
産婦人科行って、
名前呼ばれて、
いつもの診察を受けて、

「さっきオシルシみたいなのがあったんです」
「子宮口も少し開いてきてますねー、
 おなか痛くないですか??」
「全然・・」
「陣痛計で計ってみましょうねー」

おなかにベルトみたいなんを巻いて
しばし待つ。

「陣痛来てますよ。
 入院の準備してます??
 どなたかに持ってきてもらって下さい。
 お部屋の準備しますねー」。

うそん!!

あらー・・
のんびり本屋行ってる場合ちゃうかったんちゃうん・・。(汗)


入院用ボストンバックは実家。

タクシーに乗って、
3歳児を連れた
おかんが持ってきてくれました。

「まず今日生まれることない思うけど、
 じゅり子どないしよー」

「うちも商売あるしなぁ、
 向こうのお母さんと話して
 うまいことやっとくから」

「Sさんにはさっき電話したけど、
 今日も遅いみたいやしなぁ」。

「なんとかするから大丈夫や。
 さ、
 じゅり子たん帰ろ♪」

「かーちゃんバイバイー♪」

とっとと帰って行く2人。

「おーい!!」と
心の中で突っ込むmiyanさんw


一抹の寂しさは一瞬で飛んで行き、

どうせ本気で痛くなったりするん明日やろしー、
今日は1人ゆっくりするんだーい♪

と、
ボストンバックを抱えて2人部屋の病室へ。

一回目のお産は望んで個室にしてもらったけど、
あれもマタニティブルーだったのかしら??

精神的におかしい夜がなんぼもあったので、
いいヒトと一緒になれば
気も紛れるだろうと。

お隣のベッドでは
「まさに今生んだとこですー」ゆう感じのお母さんと、
幸せそうなご家族の風景が。

一言二言ご挨拶をし、
お隣さんが良さげな方であるのに安心して、
カーテンを閉めて、

ボストンを急いで開けてっ、
「入院したら聴くぞ♪」と心待ちにしていた
ブランキーのベスト版をCDプレーヤーにセットしてっ、
イヤホンを耳にぶっこんでっ、

「あーーーーいうぉんちゅー!!」。

きゃーーーーーーーー!!

我ながらバカな妊婦だなぁと思いつつ、
破壊的なロックサウンドに身を任せ・・

つつ・・、

「これ陣痛??
 まさかまさか」

「え??
 まさかまさかの??」

「は!?
 来てるでオイ・・」

「マジかよっ!!
 痛い痛い痛い!!」。

お隣さんには
「頑張って頑張って!!」と励ましを受けつつ、
まさかまさかの夕方には
ガッツリと陣痛のヒトになっていたのでありました。

病室から陣痛室まで
痛さで止まりながらトロトロと移動、

陣痛室では若いナースさんに
「立ち会い許可になったんですよー」とかゆわれたけど、
力なく
「いらんのです・・1人で生むんです・・」とか
薄幸風に答えてw

やっとこ助産婦さんが来て、
「あらーもう10cm開いてるじゃないのー!!」と
分娩台に移動、

「先生待てる??」
「待てません!!」
「分かった!!
 私が取り上げるから!!」

男前の助産婦さんでよかったです。

2000年10月12日19時16分。

じゅんなさん誕生。

生まれたての赤子は・・
びっくりするほど・・
お姉ちゃんにうり二つで・・
同じくガッツでした・・w


その頃病棟では。

仕事終わりに何となく来てみたとーちゃんは、
ナースさんによって誕生を知らされ、
ハニワ顔になってるところに
病室へ移るmiyanさんを見つけ、

「まだやゆうてたやん!!」
「生まれましたが??」
「早いやん!!」
「それが何か??」

大慌てで関係各所に電話をかけまくったとーちゃん、

誕生を一族郎党
分娩室前にて待ちわびた3歳児誕生の際とは全く違う、
寂しい誕生の瞬間ではあったのですが、

その後わらわらと
大慌てで集まってきた一族郎党、

「こんなに早く生まれるなんて思ってへんかったわ!!」

と口々に言いながら、
それでもやっぱり愛おしそうに、
3182gで生まれた名無しの女子を
新生児室のガラス越しに見つめていたのでした。

おかんは3歳児を抱っこし、
「ほら、
 じゅり子たんの妹やで」。

「いもうとー♪
 かわいいなー♪」

毎日面会時間に2人一緒にやってきては、
そんなやりとりをしてたように思います。


退院して、
実家に2週間、
そして我が家へ戻る。

鍵を開けて、
ちゃんと実行しました。

こーゆう時は
1人目を先に家に入れてあげる。

ママと二人目が先に入ると、
「私はいらん子??」とかゆう
疑問を抱くことがあるらしい。

「じゅり子、
 先に入りや」

「ただいまー!!」

あぁ、
今日から4人家族なんやなぁ。

実感がふつふつと沸いた瞬間でした。


家族全員に「ゆ」がついてるからとゆう理由で、
何となく消去法で名づけられてしまった0歳児は、
なんか言いにくいと「うな」と省略され、
さらに女子なのに「ぼん」をつけられ、

「かーちゃーん、
 うなぼん泣いてるー」
「泣かしといてー」

「かーちゃーん、
 うなぼんくちゃいー」
「ちょっと我慢しといてー」

と、
定番的な二人目育児制度の下、

3歳児の散らかすオモチャに同化するか如く
床に無造作に転がされ、
きっと何度も3歳児に踏まれただろう新生児期、

髪の毛がどうしても逆立ち、
オレンジのツナギがやけに似合ってしまったうなぼんは、
「おいらベロってんだい」とゆう
変な名前までつけられ、

家族3人に遊ばれまくり、
「にひゃー」と笑う笑顔がかわいくて、
更にいじられまくる乳児期、

そんな毎日を不満とも思わず、
非行に走ることもなく、
情緒温厚に育ったうなぼんは、
身体的にもすくすく育ち、
小学生と間違えられるほどの成長を遂げた園児期、

身体の小さい女の子たちに姉のように慕われ、

「うなぼんなー、
 いっつもさっちゃんがといれいったとき
 おしりふいてあげるねんー」

なにもそこまで・・

ハハは少し思ったw

そのまま成長はとどまる事を知らず、
小5の今までずっと
背の順だと一番後ろか二番目か。

運動会とか、
絶対に見失わないw

誰に似たのか、
少しヒステリックなところを持つ厨房に比べ、
こちらも誰に似たのか、
とにかく温厚で平和主義のうなぼん。

体型もぽっちゃりさん傾向のため、
ぽわーんとしたそのイメージから、
うちの一族郎党のみでなく、
彼女を知るママンはみんな
「うなぼん見てたら癒されるわー」とゆう。

厨房がどんどん子供から大人になっていくのを
日々見るうちに小5も、

お姉ちゃんの後ばっか付いて歩き、
お姉ちゃんのすることを真似してた幼児期と同じように、

オシャレに目覚め、
友達と集まったら恋バナ、
毎朝のヘアアイロンが必須、

厨房の服を勝手に借りては怒られる、
miyanさんのブーツを勝手に履いてはドヤされる、

それでもやっぱり
彼女は我が家の春の太陽、

癒しの部分がなくなることはなく、

日々、
「ただいまー♪」と
学校から帰ってきた時の
元気いっぱいの笑顔を見たら、

miyanさんは
疲れも何もかもが吹っ飛び、
ふにゃー・・となり、

「うなぼーん♪」
「かーちゃーん♪」

熱い抱擁と共に、
顔と耳の甘噛み大会なのであるw


2011年10月12日、
うなぼんは11歳になりました。

夕方、
厨房が
「ひなとさも(吹部友達)から
 お手紙もろてきたでー」と
彼女に手渡されたレポート用紙。

“DEAR うなぼん
 お誕生日おめでとう!!
 今年一年がよい年になりますように!!
 
 来年は6年生やなー。
 卒業したら吹部入ってな♪”

ツッコミどころ満載で
爆笑したmiyanさんだったのでしたw


ちなみに今年のケーキは
サーティーワンのアイスケーキ。

食べることが大好きな彼女の希望。

そことか、

勉強が苦手、
夏休みの補習には毎年呼んで頂けるうなぼん、

夕寝が大好きなうなぼん。

絶対的に
miyanさんの子に間違いないw



P・S
去年、
こんな記事載せてます。

明らかに
こっちの方が長文で申し訳ない。(汗)


2010年1月10日。

100111.jpg

1997年1月10日午前2時過ぎ。

実家で横向けに熟睡中だったmiyanさんは
違和感を感じ目が覚めました。

なんか冷たい・・。

濡れた布団の上でしばし座り込んで頭を整理して、

ソロソロと毛布を足に挟んで、
別室で寝ているおかんを起こしに行きました。

「破水した・・」。

慌てふためいているおかんを横目に、
もう38週目、
いつ入院することになってもいいようにと準備してある
入院用ボストンバックの中から
病院にもらった冊子を取り出して番号を調べ、

「なんしか病院に電話するわー」。

すぐに入院の準備をして来て下さいとのこと。

「タクシー呼んでー」。

バスタオルを挟んで迷惑をかけないようにしてタクシーに乗り込み、
救急入口から人気のない病院内に入って、

・・・車椅子に乗せられたよーな記憶があるよなないよな・・・

そのまま希望してた一人部屋に案内されて、
すぐ処置室に入って、

なんのかんのして(されて)、

病院まで一緒に来たおかんも
最初は付き添ってくれてたけど、

まだまだ時間かかりますしねー

ってゆう看護婦さんの言葉を聞いて、
後ろ髪を引かれるような、
心配そーな顔をしながら帰った。


朝食。

痛みもなく普通に食べて、
入院したら聞くぞと決めていたウルフルズのMDを
プレーヤーに入れて聴きながら、
呑気に時間の経つのを待つ。


昼食。

痛い痛い痛い!!
痛くてごはん食べるどころちゃう!!

うそうそうそ。
こんな痛いん!?

うそーーー・・。

その時は既に5分間隔くらいになってて、
でも看護婦さんまだまだゆわはるし、

もうおうち帰りたい・・。
けど生まな帰れへんねんやんなぁ・・。
けど帰りたい・・。

あっ来たっ。

痛い痛い痛い痛い!!


きっと15時半くらいやったんかな。

「陣痛室行きますよー」。
看護婦さんによる神の声。

こんなんでも歩いて行かされるんかいっ!!
って胸の中でツッコミを入れながら、

よろよろと手すりを持って陣痛室へ移動。


ここから先は・・

人間ではなく獣状態だったので・・

死んでも打てません。(汗)

(ちなみにこの病院は当時立ち会い不可で、
 miyanさんも全くそれを望んでいなかったので、
 どんなだったかはmiyanさんしか知らないのである。)


陣痛室から隣の分娩室へ。

とっても軽いお産でよかったです。

1997年1月10日16時8分。

ずり子さん誕生。


生まれたての赤子は・・
びっくりするほど・・
ガッツでした・・w

3660gのビックなベビーだったので、
新生児室に並んで寝てる赤子の中でも一際目立つ、
寝てばっかで貫禄たっぷりのずり子さん。

そんな赤子をガラス越しに見つめながら、

商売があるから時間に制限はあるけど、
そのぎりぎりの時間までずっとずっと、

かわいくて仕方ないって顔をしながら見つめてるおかんの姿は
きっと一生忘れることはないと思います。


生まれてからとゆうもの、

チチやおかんやおとんや、
向こうのおとーさんやおかーさんや、
みんなの愛情を身体いっぱいに受け、

小さい頃は
ハハが心配性なゆえに
何度も救急病院に連れて行ったことはあっても、
大きな病気一つせず、

幼稚園時代の登園拒否も乗り越え、
小学校はたくさんのいいお友達に恵まれ、

中学校に入って打ち込めるものを見つけ、
miyanさんの身長も軽く超え、

たーくさんのことを経験しながら、

2010年1月10日、
ずり子さんは13歳になりました。

けど
あろうことかmiyanさん、
不二家のおねえさんに
ろうそく12本しかもらってきてなくて、
ずり子さんに
「えーーありえへんーーー」ゆわれて、

必死で一本探し出した本日夜20時半・・。


こんなハハでも

生んでやったことに感謝しろ!!w


ちなみに
今年のずり子さんの誕生日プレゼントは、

嵐のファンクラブ入会費+年会費です。

なんか・・
どんだけ・・
やし・・、

これ毎年誰が払うん??やけど・・、

ま、

まっすぐ育ってるみたいw


えーと。

たまにはこんなことを思い出すんもええかな思って
記事にしてみた次第。

かーるく読み捨ててくらさい♪



謹賀新年

moji344_llus_thl.jpg
今年も

miyanさんと

miyanさんにまつわる大好きな皆さんが

元気で

素敵な

愛ある毎日が送れます様に。


今年もよろしくお願いいたします。



2010年元旦 

miyan